正夢
ある晴れた日の朝。
シリシリを作ろうとニンジンを千切りにしていたら、
Spotifyからスピッツの『正夢』が流れた。
夫とすでに心が離れてしまっていた暗黒の毎日が不意によみがえった。
16年前、口論になって家を飛び出し、
やみくもに車を走らせたとき、
カーオーディオにはスピッツのCDが入っていて。
あのときも正夢が流れていた。
適当に停めた海沿いの線路の傍の道で
ハンドルを握りしめて、肩を震わせ声を上げて泣いた夜。
夫との未来はどこにもない。
ここにはいられない。
ずっとまともじゃないってことわかってる
もう一度キラキラの方へ登っていく
たどり着けるのだろうか。
3人の子供たちをキラキラした毎日へ連れていけるだろうか。
今は、夜中に目を覚ましてしくしく泣きだす子を抱きしめて
途方にくれることしかできない無力な母親だけど。
不安しかなく、でも退路もなく。
怖いけど、踏み出すしかない。
踏み出す方向が前だと信じて。
そんな決意をした夜を思い出した。
私は今、そのキラキラした未来に立っているのでは?
ふとニンジンを切る手をとめて、家の中を見渡した。
中古で手に入れた60平米にも満たないマンションのリビングは
自分で選んだ好きなモノだけが並んでる。
子どもたちは自分の夢に向かって歩き始めた。
泥酔して目が据わった男からナイフのような言葉を浴びせられることもない、
穏やかな空間。
子どもたちの受験からも解放されたので、
自分がやりたかった勉強もできてる。
たくさんたくさんつらいこともあった。
けど、今こうして、あのとき切望した正夢の中にいる。
未来は変えられるし、
振り替えった地点から見て、経験をどう意味づけするかで
過去だって変えられるんだなぁって思います。